東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)151号 判決
審決を取り消すべき事由の有無について検討する。
1 本願意匠の要旨が審決認定のとおりであることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四号証によれば、引用意匠の登録出願日および要旨も審決認定のとおりであることが認められる。
2 そこで、本願意匠と引用意匠とを対比すると、両者は先ず縦長長方形板状の本体上端部に右肩部を切截したような状態に壁状部を設け、壁状部の右肩に着火用転輪、その下に押圧片、左側面の壁状部直下に炎調節片をそれぞれ設けたという構成に於いては酷似し、更には本体上部に一本の水平な区画線を設けた点などにも共通点が認められ、他方、両者の間には本体正背面に於ける平行縦線或いは縦溝を表わす位置の相違、左側面と右側面を同じ大きさの円弧状の面にしたものと大きさを違えたものとの相違などが認められる、という審決の判断は、当裁判所も正当として是認できる。
しかしながら、いずれも成立に争いのない甲第一、第四号証によれば、本願意匠と引用意匠との間には、審決が挙げている右相違点のほかにも原告が請求の原因(三)1(1)において主張するような相違点があると認められる。
そこで、右のような認定を基礎として審決の結論を是認できるかどうかについて検討する。
おもうに、ライターは手に把握して使用されるものであり、購入すべきかどうかの決定も手にとつて吟味したうえなされる場合が多いと考えられるから、正背面が面積において多くを占めるからといつて、正背面のみを重視して類否判断をなすだけでは不十分であつて、正背面図のみならず左右側面図、平面図、底面図を考慮に入れた全体の立体的形状の比較によつて類否判断をすべきであると考える。
そうすると、審決も認定した左右両側面の左側面と右側面を同じ大きさの円弧状の面にしたものと大きさを違えたものとの相違は、決して極めて部分的な相違であると解することは困難であり、とくに本願意匠ではライターの正面と平面とが平行となつており、断面は短辺側の両端が外側へ膨らんだ長方形をしているのに対し前示甲第四号証によれば、引用意匠では正面と背面とが非平行(ほぼ30°も傾いている)で、断面は底辺が円弧状に膨らんだ二等辺三角形様の形となつていることが認められ、そのため、本願意匠のライターは全体が角ばつた平べつたい感じを呈するのに対し、引用意匠は全体として丸つこい感じを呈するという差異は、本願意匠と引用意匠との相違を十分に際立たせるものである。
そして、この差異は、両者とも縦長長方形板状である等前記の共通点によつて印象が打ち消される程度のものとは到底認められない。
そうだとすれば、本願意匠と引用意匠を全体として類似とした審決の判断は誤まりであり、是認できないから、審決は違法として取り消さるべきである。
よつて、本訴請求を認容することとする。
〔編註その一〕 本件における当事者の主張は左のとおりである。
一 請求の原因
(一) 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和五〇年二月六日、意匠に係る物品を「ガスライター」とする意匠(以下「本願意匠」という。)について登録出願をしたところ、昭和五二年九月三〇日拒絶査定を受けたので、同年一二月五日審判を請求(特許庁昭和五二年審判第一六三一九号)したが昭和五三年七月二七日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、この謄本は同年八月九日原告に送達された。
(二) 審決理由の要点
本願意匠の要旨は次のとおりである(別紙目録(一)図面参照)。
基本形状は、縦長長方形板状の本体上端部に右肩部を一部切截したような状態に壁状部を設け、壁状部の右肩に着火用転輪、その下に押圧片、左側面の壁状部直下に炎調節片をそれぞれ設けた構成である。
この本体は、横幅1、高さ約3、厚み約0.5の比率で左右両側面を円弧状の面にし、正背面が下方へ向つて僅かにテーパーがついた縦長長方形板状で、上端から高さの約1/7の部分に一本の水平な区画線を設け、その区画線から下端までの正背面のほぼ全面に多数の平行縦溝を表わした態様である。
壁状部は本体上端に一本のやや左下りの仕切線を介して本体高さの約1/5の高さで設けられ、上端は僅かに右下りとなり左側端は本体と面一、右側端は本体横幅の約3/4までで本体平面の輪郭線に沿つて壁状になり、その右肩部には小円盤状の着火用転輪が嵌合され、その直下には爪状の押圧片が、又、壁状部直下の左側面には炎調節片が設けられた態様である。
これに対して、引用の意匠は、昭和四六年五月一〇日付の登録出願で昭和四九年一〇月二五日に拒絶査定になり、その後その査定が確定した昭和四六年意匠登録願第一五四三八号の「ライター」(以下「引用意匠」という。)で、その要旨は次のとおりである(別紙目録(二)図面参照)。
基本形状は、縦長長方形板状の本体上端部に右肩部を一部切截したような状態に壁状部を設け、壁状部の右肩に着火用転輪、その下に押圧操作片、左側面の壁状部直下に炎調節片をそれぞれ設けた構成である。
この本体は、横幅1、高さ約2.3、厚み約0.5の比率で左側面を右側面よりやや大きめの円弧状の面にした縦長長方形板状で、上端から高さの約1/4強の部分に一本の水平な区画線を設け、その区画線から上端までの周囲に多数の平行縦線を表わした模様である。
壁状部は本体上端に一本の水平な仕切線を介して本体高さの約1/7の高さで設けられ、左側端は本体と面一、右側端は本体横幅の約2/3まで本体平面の輪郭線に沿つて壁状になり、その右肩部には小円盤状の着火用転輪が嵌合され、その直下には爪状の押圧片が、又、壁状部直下の左側面には炎調節片が設けられた態様である。
そこで両意匠を比較すると、両者は先ず縦長長方形板状の本体上端部に右肩部を一部切截したような状態に壁状部を設け、壁状部の右肩に着火用転輪、その下に押圧片、左側面の壁状部直下に炎調節片をそれぞれ設けたという基本構成に於いて酷似し、更には本体上部に一本の水平な区画線を設けた点などにも共通点が認められる。
一方、両者の間には本体正背面に於ける平行縦線或いは縦溝を表わす位置の相違、左側面と右側面を同じ大きさの円弧状の面にしたものと大きさを違えたものとの相違などが認められる。
以上の諸点を綜合して両意匠を全体的に観察すると、共通点が基本構成を中心とした両意匠のほぼ全体形状に関するものであり且つこの点が看者の注意を強く惹く、いわば両意匠の要部に於けるものであるのに反し、相違点は左右両側面の若干の相違など極めて部分的なものであり、又、平行縦線或いは縦溝もそれ自体として殆んど特徴のないありふれた形状であるから、表わす位置の相違だけで両者を非類似とするだけの根拠とすることはできない。
従つて以上の点から、両意匠は全体として互に類似するものと認められるので、本願は意匠法第九条第一項の規定によつて、登録を受けることができない。
(三) 審決を取り消すべき事由
本願意匠の要旨についての審決の認定は認めるが、審決は、次のような誤まりをおかし、本願意匠と引用意匠とが類似するとの誤まつた結論を導き出しているから取り消さるべきである。
1(1) 本願意匠と引用意匠とでは次の重要な点で相違することを看過した。すなわち、
本願意匠と引用意匠とは、ⅰ 平面図の比較から明らかなように、本願意匠ではライター上部の壁状部が全体として四角つぽく、幅の狭いものであるのに対し、引用意匠では上部の壁状部は全体として丸つこく上面が幅広く平らに拡がつている点、ⅱ 本願意匠では着火用転輪が幅広く、且つ二重輪で全体としてどつしりとしているのに対し、引用意匠では着火用転輪が幅狭く一重輪で全体として薄つぺらな感じを呈している点、ⅲ 本願意匠ではライターの正面と背面とが平行になつており、断面は短辺側の両端が外側へ膨らんだ長方形をしているのに対し、引用意匠では正面と背面とが非平行(ほぼ三〇度も傾いている)で、断面は底辺が円弧状に膨らんだ二等辺三角形に近い形となつており、そのため、本願意匠のライターは全体が平べつたい感じを呈しているのに対し、引用意匠は全体として丸つこい感じを呈しているという点で相違することを審決は見落した。
(2) さらに、相違点として認定はしているものの、ⅰ 本体正背面における平行縦線または縦溝を表わす位置の相違、ⅱ 左側面と右側面を同じ大きさの円弧状の面にしたものと大きさを違えたものという相違を極めて部分的でありふれたものであると過少評価した。
2 審決は、真正面もしくは正背面から見たときの本願意匠と引用意匠の共通点、すなわち、(1) 両者は縦長長方形板状の本体上端部に右肩部を一部切截したような状態に壁状部を設け、壁状部の右肩に着火用転輪、その下に押圧片、左側面の壁状部直下に炎調節片をそれぞれ設けたという基本構成において酷似している点、(2) さらに、本体上部に一本の水平な区画線を設けた点を不当に重視した。
二つの意匠が類似しているかどうかは、その意匠の中で観察者が最も目を惹かれるところ或はその意匠に係る物品の性質上特に意匠上ポイントになるところに重点をおいて行わるべきであることは当然であり、意匠全体に占める正背面の部分の面積が大きいからといつて、類否判断上重点をおかるべきものでないことはいうまでもない。
ライターは斜め上から見て片手にとつて使用するものであり、特にこの種のライターでは正背面のデザインが殆んど同じである以上、その特徴のない正背面のデザインによつて購入決定するとは到底考えられない。特に、この種のライターで特徴となるのはその断面形状であり、断面形状が全体の視覚的印象に与える影響は大きく、また手に握つて使用するときの手に与える感触にも影響するものであるから、ユーザーは手に握つてみなくてもその感触を視覚的に想像し、或は無意識に感じて購入決定をするものである。
したがつて、正背面のデザインが類似しているから両意匠が類似であるとする判断は当を得ていないものである。
二 被告の答弁と主張
(一) 請求の原因(一)(二)は認める。
(二) 請求の原因(三)について
審判請求が成り立たたないことは審決理由に示されているとおりであり、審決に誤まりはない。
1の(1)について
ⅰ 本願意匠の壁状部が四角つぽいとはいつても、左側端は引用意匠と同じように円弧状になつており、またその幅も単に厚みが若干相違するだけであるから、この程度では類以の範囲といえる。原告が主張するような「丸つこい」「四角つぽい」という程の差異感はその端面にのみ限定されるのみで、共通点から受ける共通した印象を変えるほどに顕著なものとはなつていない。
壁状部の厚みについても左側端を円弧状面にし、右肩部に着火用転輪を設けたという全体的なまとまり、統一感に比べれはその違いは極めて小さいものである。
ⅱ 壁状部右肩に埋め込まれるように嵌合され、多数の横溝を設けた円盤状の転輪が、単に一重輪か二重輪かという微差によつて他の意匠的なまとまりを破つてまで別異感を与えているとは到底思われない。
ⅲ また正背面が平行している或いは傾いているといつても、これを周面の態様として認識するときはごく僅かな差異であつて、図示された断面形状(平底面形状)によつて認識される印象とは全く異なるものである。
両意匠は、先ず両側端を円弧状の面にした縦長長方形板という意匠的なまとまりとして認知されるものであるから、看者はこの点に於て両意匠が共通しているという印象を受けるのである。
(2)について
原告指摘の点を過少に評価したということはない。二つの意匠間に存在する共通点、相違点を集め、比較検討し、どちらかの点がより強い印象を与えるかを判断するのが意匠における類否判断というものである。
2について
この種のライターのように厚みが非常に少なく、いわば一種の板状体のようなものは、正背面を中心として一つの意匠的なまとまりが形成されるといえるから、正背面の態様を重視するのは当然である。
正、背面の面積がライター全面積に占める比率は大きい(全面積の約六割強、殆んど類否判断に影響のない底面を除けば約七割近い)が、このことは正背面の態様が全体的なまとまりを形成する上で重要な役割をはたしているということであり、それが看者の注意を強く惹く重要なポイントになるという意味である。
しかも、一般の需要者は、やはり正背面を中心とした意匠的なまとまりによつて購入決定をする場合が多い。
〔編註その二〕 本件に関する意匠は左のとおりである。
目録(一)
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目録(二)
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